幽霊屋敷のとなり
後悔の念に駆られながら、ヤングエグゼクティブだった頃が妙に懐かしく思い出された。あのまま会社の歯車の一つとして耐え忍んでいれば、今でも女子社員の憧れの的として君臨出来ていたに違いない。
「覆水盆に返らず」
とはこのことか。
しばらく待って、やっと目的の物件ファイルが閲覧できた。詳しい住所や、権利関係のポイントと思われるところを急いでコピーにとった。競売は、情報が新聞等に掲載されてから入札まで、約1ケ月足らずしかない。私は裁判所からの帰路、まっすぐ現地へ向かった。現地では電話で連絡しておいた妻が先に待っていた。東京ではめずらしく積雪の残る寒い日だった。
目的の場所には二階建てのアパート併用住宅が建っていた。まだ、それほど古くはないようで、全部の部屋に入居者がいる様子。二人とも息を殺して、抜き足差し足で辺りに探りを入れる。スリル満点。ちょっとした探偵気分だ。
敷地は確かに広い。現在の私達の家の三倍はあるぞ。しかし、隣接地が良くなかった。右隣の空き家は朽ちかけて幽霊屋敷さながら。さらに左隣には荒れた森が広がっていて、古い木賃アパートが点在している。窓ガラスが割れた部屋も見える。どうやらこちらはほとんどが空室のようだ。
早春の夕暮れは早い。気が付くと、すっかり辺りが暗くなって、不気味な雰囲気さえ漂い始めていた。駅の近くで商店街もすぐなのに、ここだけ時代から取り残されている。
「なんとかゾーンみたいで、チョット怖くない?」
腕を絡めて妻が言う。忘れていた何年ぶりかの感触が・・・。なんて言ってる場合じゃない。突然、カラスの羽音に鳥肌が立った。入口付近の道路も、今どき珍しく未舗装で、雪解けのせいかドロドロ・ビチャビチャ。歩くたびに足を取られる。
「おい、どうする?迷うなあ」
複雑な思いで帰路を急ぐ夫婦であった。