ライトの作品を手本にしたい
さて内装を決めるにあたって、何かテーマが無くてはいけない。なにせ建築家の自邸の設計だ。「なんとなく」では許されない。早速、事実上の施主である妻のケイコさんに意見を聞くことにした。
新婚当時、自宅をコンクリート打ち放しで作ろうと話した途端、急にオイオイ泣き出したことがある。きっと夢や希望があるに違いない。建築家仲間でもてはやされていたコンクリート打ち放し仕上げが、一般人には
「あんな倉庫のようなもの絶対にイヤ」
と嫌われていることを、あの時初めて自覚したのだった。
ところで返ってきた言葉は
「そげなこと分かるわけないと(長崎弁)。案をいくつか出して頂戴。そしたら意見が言えるから」
やっぱりそうきたか。業界用語で言えば「叩き台を出せ」と言う。この手の施主は意外と多い。自分で発想するのは苦手だが、出てきたものにはアレコレ注文がつけられる。
設計者として最初に浮かんだイメージが、フランク・ロイド・ライトの作風だった。私が建築の道に入った動機は、旧帝国ホテルの設計で知られる、この米国の建築家の代表作を、中学校の図書館で見つけたことだった。今でも私の記憶の中に、近代建築の巨匠と言われるこの人の作品が、深く刻まれている。
「よし、これだ。これで行ってみよう」
そもそもライトの住宅を形作るのは、木と漆喰、それにレンガ積みか石積が加わる。
たっぷりした軒の出がある屋根と、横に広がる水平的空間が特徴的でもある。内装という観点では、外部の自然がそのまま内部に入り込んでくる、素材そのものの美しさが追求されている。そこには室内を無意味に飾り立てる「化粧」という考え方はまるで無い。題して有機的建築、または草原住宅とも称された。
「ちょっと待てよ。果たしてこの特徴ある空間が私の自宅のテーマになり得るのだろうか」
私は冷静になって考えてみた。
「オイオイ、私の自邸とライトのそれとは、ことごとく逆な方向にあるのでは」
発想は良かったが、すぐに夢から現実に引き戻されるはめになった。