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憧れの対面キッチンが現実に

さてキッチンの配置を具体的にどうするか。もちろんオープンキッチンの対面方式で、シンクのある流し台はテーブルの方を向くことは決まっていた。ではコンロはどうするのか。原理原則に従えば、コンロに付帯する換気扇はダクトで天井裏を経由させて外に放出するシロッコファン方式より、直接外気に接する壁にプロペラ扇を取り付けたもののほうが効率がよいに決っている。それを優先すれば、流し台がダイニングルームに向き、コンロが直接外壁に向くL字プランが適当に思われた。

今にして思えば、いっそ流し台とコンロを分離させたアイランド型にして、コンロと換気扇を背面の壁に取りつける案もあったようだが、いつの間にか加齢とともに革新的や前衛的思考が薄まりつつある私は、妻のリードに従って普通のL字プランで納得してしまった。

 
「金銭的には、市販品を上手に組み上げるのも懸命かもよ」
システムキッチンの配置がほぼ決定した頃、財布を握る妻に手を引かれて、ショールーム巡りが始まった。サンウェーブ、クリナップ、タカラに松下(現在はパナソニック)。大手メーカーだけでも五、六社はある。これに後発の「こだわり特注ショップ」や輸入品メーカーまで入れると軽く20社は越える。今後の設計の勉強も兼ねて、ほとんどのショールームを探訪する巡礼の旅が始まった。以前から時々ショールームは覗いていたものの、さすがに自邸に採用するとなると緊張感が増すものだ。今までのように「最終的には施主の好み」と逃げ口上が効かないからだ。

訪れてみると、どのメーカーも展示に工夫を凝らし、女性のコーディネイターの対応も上出来だった。目標の半分も廻ったところで、私達にはひとつの悟りが生まれ始めていた。
「どうやら扉材が違うだけで、どのメーカーもキッチン本体の箱は同じだぞ」

よくよく観察していると、どこかの同じ工場で、今週はK社、来週はS社なんて具合に、箱ものを専門に生産しているのではないかと思えてきた。事実はともかく、そう思える程どのメーカーも似ている。要は本体の箱モノより、扉材と天板の選択ということになるようだ。

同じメーカーにしても、グレードの違いは、箱そのものではなく、扉の意匠によるものがほとんどのようだった。箱の中は主に収納なので、そこがステンレスで覆われ
ていようと、ホーロー製で仕上げられていようと「絶対これしかない」という決定的な要因は見つからなかった。

どのショールームにも、壁一面に扉材だけが貼り付けてあるコーナーがある。白からはじまって色物、次にアルミなどの金属っぽいもの、更に木目調と続くのはどのメーカーも同じ。しかし、妻のケイコの目はいつになく輝いて見える。あれもいい。これも捨てがたい。まるでバーゲン会場でパニクっているオバさん状態と例えるのは失礼か。最近、新妻から母親の顔に移行し、普段は少々怖い存在になりつつあるが、この時の横顔は、嬉しさはちきれんばかりの幸せ女性そのものに見えた。

「人生、苦あれば楽あり」
確かにそうだよね。

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