床が抜けそう
誰しもそうなのだろうか。引っ越しをして家財道具が一通り片づくと、親しい人たちに無性にご披露したくなる。双方の両親も健在で、幸い近くに住んでいることもあり、私達夫婦にとっては、結婚式に続き、二度目の人生最良の時に違いない。その昔、名古屋の周辺では、トラックに積んだ花嫁道具を、わざと見せびらかす習慣があったらしい。私の子供の頃の記憶にも薄っすら残っているので、まんざら作り話でもない。笑える話だが、その気持ちが分かるような気がした。
さて、そんな私達が、最初に「見せびらかした」のは、関わった職人さん達だった。まあ、今になって思い起こすと、自慢というよりは、感謝の気持ちが勝っていたと思う。
「奥さんも連れてきなよ」
冗談半分の誘い文句は、予想以上の反響があり、当日は子供連れも多くて、総勢五十名近い人出となった。誰もが家族に、父ちゃんの仕事を見せたかったのだろうか。確かに、仕上げ工事の職人以外は、自身、ほとんど自分の手掛けた建物の完成した姿を見ることはない。ましてや家族にとってみれば、父ちゃんがどんな仕事をしているのか、なかなか知る機会は少ない。その点では、意義深い謝恩会になっていた。
幼い子供たちが例の直線廊下を走り回り、家中に足音がこだまする。
「ちょっと、あなた、床が抜けないでしょうね」
妻が心配するのも無理はない。個室を除く三階のパブリック部分には、足の踏み場もないほど人が居る。構造計算では、さすがに五十人の荷重は想定していないので、私にも一抹の不安がよぎった。
「おい、二階の事務所も開放し、みんなを分散させようぜ」
後で冷静に考えれば、集中荷重ではないので、その程度のことは許容範囲だが、とにかく騒々しい一日だった。
そんな笑い話を手土産に、お世話になった八幡銀行の支店長、渋谷さんに挨拶に行くと、ここでも話が弾んだ。この支店長、以前から私の仕事に好意的で、わざわざ現場にも足を運んでくれていた。クウェスト(株)の仕事を、他の行員にも見せておきたいとのことで、週末の業務終了後に、急遽、新築祝賀会を開催することに決まった。
今度はオモチャの散らばった八畳一間ではない。ともかく恩に報いるべく、できる限りの歓待をしなくてはならないと考えた。居間とダイニングにまたがって、一直線にテーブルを仕立てて宴席をこしらえた。
遠い昔、中堅企業の企画本部長を拝命していた私は、行きつけのレストランのオーナーシェフに白羽の矢を立てた。人生初めての出張サービスの依頼である。予算は少ないが快く引き受けてくれたのが嬉しかった。
真新しいキッチンから、次々にフレンチ&イタリアン&和食の創作料理が繰り出される。私達夫婦にとって、達成感に満ちた夢のような時間が過ぎていった。支店長からお祝いに頂いた大きなオルゴール仕掛けの掛け時計は、今でも子供部屋で時を知らせている。