いいものを大切に使おう
今更、進化論を持ち出すまでもないが、人間、確かに適応能力に長けている。最初は驚きと興奮の連続で、毎日が夢心地だったが、だんだん慣れて一年もするとそれが日常になってくるから不思議だ。
子供たちには、姿勢が良くなるからと、定番のトリップトラップチェアを二脚購入して、家族五人で正対した食事が恒例となった。夕飯時になると、何も言わなくても子供達のどちらかが、布製のランチョンマットを敷き並べ、その上にお皿と箸を置き始める。
テーブルにマットを敷く習慣がつくなんて、少し前まで私達は想像だにしていない。
「俺たち、セレブか?」
夫婦で目が合うたびに苦笑した。
食器は、これまで使っていたものをすべて捨てて、箱入りのままになっていたものを取り出して使うことにした。いいものは、使って初めて価値がある。
「おい、これはどこで買ったもの?」
「それは、お相撲を見に行った時の景品よ。要らないわ」
妻の出身は長崎。しかも、かの有名な有田焼に近い波佐見の出とあって、親戚にも陶器関係者が多く、大量の器が結婚祝いに送られてきていた。しかし、以前の古家での投げやりな生活では必要なく、すべてが梱包されたままに放置されていた。そして、今回、やっと日の目を見ることになったのである。中でも、好みだったのが青磁に似た慶四郎窯の品物だった。義父の妹の嫁ぎ先だという。淡いグレーの肌にサギの絵付けが粋で、大人の色気を感じる一連の作品だった。
ベニスはムラーノ島で記念に買ったゴブレットも、引き出物のバカラも、骨董市で買った輪島塗も、全部一堂に床に広げて選別をする。
「あなた、いいものだけを残すのよ。分かっているわよね」
そう言う妻の方が、「何かの時に」用にと、再び箱入れに励んでいる姿を見て、貯め込む性格は簡単には治らないと諦めることにした。この先、できれば脂肪だけは貯め込まないでいてほしいのだが。