版築
「版築」聞きなれない言葉ですが、壁を作る原始的な工法の呼び名です。
先にしっかりとした壁を建てておいて、その外側にもう一度型枠を立て、できた隙間に種類の違う土を交互に落としこんで上から棒で突き固める。この作業を何度も繰り返して、最後に型枠を外すと、地層のような変化に富んだ美しい模様の壁が出来上がるのです。
私は、日本を代表する家具職人の戸澤さんからこの工法の存在を教わり、時々自分の設計に生かしていますが、手間暇かかる作業なので、それなりに費用もかかります。
最初は恐る恐る部分的に採用していましたが、日本橋馬喰町にあるN社の社屋の内外壁に広い範囲で採用する機会がありました。そこが年を経るごとにいい味を醸し出してきているのを見ると、苦労が報われた感慨があります。
数年前に、息子と二人で奈良を旅行した際、法隆寺の築地壁に版築を見つけました。何百メートルも続く漆喰の白い壁の所々がはげ落ちて、中から地層のような土壁が現れていたのです。伝統文化の保存修復に消極的な我が国では、このような光景が古寺の所々で見られますが、中身もそれなりに美しい日本の建築には心を打たれます。
聞くところ、吉野ヶ里遺跡にも版築の跡が残っているそうで、この工法の起源は相当に古いようです。また、米国アリゾナ州辺りの砂漠地帯でも、この版築が盛んに行われている写真を目にしたことがあります。あたりは一面の砂漠、そこで建物を作るとすれば、確かに、その場の土や砂を利用するのが理にかなっています。
本来の版築は土だけを使い、つなぎに藁やスサ等を入れる程度ですが、私の場合、強度の観点から少しのセメントを入れています。私がいつも依頼する特殊な左官工事を得意とする谷口兄弟が、今回も品のある美しい版築に仕上げてくれました。作業は3日間で完成しましたが、これまで彼らは、試行錯誤の中で数え切れない失敗を繰り返したそうです。