蔵の美しさに魅せられて
私が生まれた家は、藁葺きの民家だった。親父の代になるまで農家だったようで、棟続きに馬屋と納屋があったが、蔵はなかった。しかし、母の実家は地主の家系だったようで、全体が瓦屋根の大きな家で、屋敷には大きな柿の木と立派な蔵があった。
母方の祖母が焼いてくれる甘い卵焼きが嬉しくて、せがんで何度もこの在所を訪れた私にはもうひとつの楽しみがあった。この蔵の探検である。薄暗くてカビ臭い空間は子供心に恐怖心と好奇心を植え付けた。
そもそも大切な家財道具を火災から守るために造られる蔵は、きわめて実用的な建物だが、地方によって少しずつ形を変えながらも、どれもが美しいと思われるまでに昇華されているのだから先人の美意識には頭が下がる。類焼を防ぐ重い土壁と断熱のために浮いている屋根のバランスがとてもいい。日本建築の中で私は蔵が一番美しいと思う。
母が子供の頃、この蔵には多くの漆器や古文書の他に、桔梗の紋章が付いた短刀が家宝として残っていたという。ところが、その後に家を継いだ末っ子の弟が、自宅の新築と同時に蔵を解体し、すべて燃してしまったと聞かされた。きれい好きが災いしたようだ。
ちなみに桔梗の紋章とは、明智光秀の家紋であり、この蔵のあった屋敷から歩いて数分の裏山に、明智城跡の石組みが残っている。地元の郷土史家の間では、この杉山家が明智一族の末裔と目されているらしく、つまりこの私も明智光秀の流れをくむ家系に属することになるようだが、にわかに信じがたい。