上棟式
家を建てる人にとって、上棟式は格別の喜びがあるに違いない。
人生の中で、自分の家を建てる時ほど、希望に満ちた瞬間はない。
予め加工された木材が、手慣れた職人たちの手によって、ほぼ一日で屋根まで組み上がる上棟の日は、何度立ち合っても胸が踊る。
日も陰るころ、大工の棟梁が幣串を作り始める。きっとその昔は手造りしていたであろう飾り物は、最近では組み立てキットとなって箱入りで現場に届く。
元来、棟(屋根の一番高い所)を支える短い柱(束)だったと推測されるのだが、この飾られた木の棒が屋根の下に南向きで固定されると、やおら上棟式が始まる。
社会人としての第一歩を、東京都立川市にある某住宅建設会社で始めた私は、間もなく週に一度のペースで上棟式の司会を務めることになった。ベニヤ板で作った簡単なテーブルに、施主が用意した料理や乾き物が所狭しと並べられ、もちろんこの頃は、ビールやお酒も振る舞われた。
あたりは夕闇に包まれ、仮設の裸電灯の下で宴は続く。この日を待ちに待ったお施主さんを前に、職人一同、早々には引き上げられない。寒風吹き荒ぶ中、体を寄せ合って宴を盛り上げた数々の思い出が残っている。無口な職人が多い中、司会の若造が口火を切らねばならない。決まって故郷の「木曽節」である。続いて鳶の親方が意味不明の甚句などを披露し、棟梁の手締めで上棟式を終える。
最近の上棟式は簡素化され、塩、お米、酒を四方に撒いて清めた後、施主の挨拶、施工者の挨拶が続き、簡単な飲食を伴う歓談の場を設けるが、酒気帯びで事故でも起こされたら大変。職人一同、お酒は遠慮し、早目に解散となることが多いので、自慢の喉を披露する機会はほとんど無くなった。