ジャグァのペンケース
車好きの人達は、その昔、英国車のジャガーを「ジャグァ」と呼んだ。この私もその一人。今から二十数年前、世の中はバブル景気に沸いていた。有力購入見込み客だった私は、度々訪れるジャグァのショールームでマーク入りのペンケースを景品としてもらった。もちろん本革で、カラーはブリティシュ・グリーン。そして間もなく撃沈。貴族の乗る車ジャグァがどう間違ったか私の愛車になった。
それからというもの、設計の打ち合わせの場には、ジャグァのペンケースがいつも寄り添った。さりげなく置かれたペンケースには「ジャガーに乗っている設計士」の自負があった。相手が気づいてくれると有頂天になっていた。思えば私も若かった。
ある時、航空機の中で手が真赤に染まった。気圧の影響で、水性ボールペンの赤インクが滲み出てしまったのだ。もちろんペンケースも赤く染まってしまった。
先日、施主との設計打ち合わせの席で、インテリア担当の妻が袖を引っ張る。「あなた、見っとも無いから、そのペンケース隠しなさいよ」
よくよく見ると、あの時の赤インクが変色して黒ずんでいる。
「そろそろ捨てようか。」改めて手に取ると、手触りはあの時のまま。人工皮革だったら、とっくの昔に劣化している。自然の素材は、時を経ても下手らない。いいものはいい。本物の素材は永く使える。建築にも通ずるものがあると思う。
ところで、本体のジャグァは、というと、二十数年経った今も健在。車体の色は、ペンケースと同じブリティシュ・グリーン。長年、野外の駐車場に雨ざらしにしていたのに錆ひとつない。細かい故障に悩みながらも、やはり捨てられないでいる。