裁判官にも見放されて
思えば、私も悪い。
建て替えの時は協力してもらえるのだからと下手(したて)にでて、賃料もずっと据え置きを容認。契約期間も通常は二年毎なのに、五年間(つまり、更新料は五年に一度しか手に入らない)。
バブル景気のせいもあって、周りの物件と比べると超格安になっていたのだ。
先方の立場に立てば、当然移転しようにも、このような格安物件は簡単に見つかるはずもない。
様子を伺いながら、診療時間の合間に建て替えの交渉に何度も出向く。
が、ケンもホロロ。
そのうち、
「交渉は代理人の弁護士とやってくれ」
ときた。
こちらも慌てて弁護士を紹介してもらい応戦することに。案の定、裁判となった。
相手は小規模ながらも天下の開業医。隣接の杉並区にある高級住宅街の一角に、八十坪もの立派な敷地の一軒家に住んでいた。
妻は写真まで撮って裁判所に訴えた。こちらは長男で、年老いた田舎の両親を引き取るという「正当事由」も主張した。
しかし裁判官曰く
「現在の借家法では、借り手が保護されていて、家主の立場はめっぽう弱い。心情はよく分かるが世の中の慣習がそうだから」
と逆に説得される始末。
この時ほど、自分の不甲斐なさを悔いたことはない。一生に一度の大きな買い物の契約行為を甘く見た天罰と言えようか。
結局、二年かかった民事裁判の和解調停案は、
「被告(医者)は五年後に立ち退くこと。それまでは現状維持」
というものであった。
この時期、ちょうど私は厄年に突入した。その後、運と勘はしばらく息を潜めることになる。