再び、お先真っ暗
高層マンション建設の話は、実は商店街の八百屋さんから聞いた。寝耳に水だった。私たちが購入した土地の隣接に、しかも南側に十階建ての高層マンションがそびえ建つなんて。それが本当なら、今回の敷地はスッポリとその日影に覆われてしまうではないか。一日中太陽が拝めない、寒々として凍りつくような敷地のイメージが頭の隅々まで果てしなく広がっていく。 よくよくお天堂様には恵まれない運命なのか。
「妻よ許せ。世の中を甘く見た俺が悪かった。もう少し世間を疑う性格を持っていたらこんなことには。私の人生こんなもんよ」
胃の真中がスッーと融けていくあの感じがご理解いただけようか。
もちろんそれを聞いた妻は放心状態で会話の続行が不可能になった。どうりで誰も入札に参加しなかった訳だ。競売と言う引け目も感じて、周辺の聞き取り調査を怠ったツケがここにきて露出したのだった。こうなっては、設計者の腕で、意地でも僅かな光をもぎ取ってやろうと、一人で仕事場にこもり設計図を何枚も書いたが、どう工夫しても相手の建物が高すぎる。
妻との会話が途切れて数日たったある日、地主の管理会社から連絡が入った。名義変更料や建て替え承諾料の交渉と契約のためだ。今さら土地の購入を白紙に戻せるわけもなく、憂鬱な気分のまま交渉の場に臨むことになった。地主はこの地域一帯で広く土地を所有し、借地の契約も多くの人々と交わしているらしく、提示された金額も相場かなあ、と思える常識の範囲のものだった。
借地に新しく建物を建てて住宅ローンを利用する場合、融資する金融機関は必ず「地主の承諾書」を要求してくる。前述の名義変更料や建て替え承諾料の金額が折り合わなかったり、何か感情的なトラブル等があると地主はこの承諾書の発行を拒むこともあるらしい。そうなると、もちろん融資は難しい。その点、私達の場合は相手も慣れたもので、あっさり承諾の捺印を押してもらった。先方も争いは避けたいのだと察しがついた。
さて、これでようやく一連の作業が終わり、借地ではあるが、都心の、しかも駅の近くに、住宅としては広すぎる程の土地が、名実共に私達夫婦のものになった。黙っていれば、借地権とか所有権とか誰にも分からない。