ガリレオの心境で「それでも陽はあたる」
宝くじで百万円も当たったらきっとこんな心境なのだろう。一刻も早く朗報を伝えたい気持ちと、もう少し妻を落胆させておいてからドラマチックな展開を見せるか、どちらにするか迷う。そして、頃合を見て静かに語りだす自分に酔った。
「実はあのマンション、うちの境界から十四メートルも離れて建つんだ」
「それで?」
「つまりその間は駐車場になるわけよ」
東京都の条例では、日影規制の他に駐車場の付置義務があり、この計画では、最も日影になる場所が駐車場になっていた。これが先方にも有利な配置となっている。問題の日影は、一階部分が冬場に午後一時頃から三時半まで影になる程度で、思っていたよりずっと日当たりは良さそう。地主も近隣との紛争はなるだけ避けたかったようだ。さすが名士といわれているだけのことはある。
専門家として図面を読みきった自信を誇示すべく、低音で淡々と予想される状況を語っているつもりが、明らかに早口で、声が上わずっている私。ところが、さらに酔いがまわっていた妻は、飛び上がって喜ぶどころか上目遣いで
「そーんなもの、建ってみなくちゃ分からないじゃない」
これまでの度重なる落胆が、妻の心をかたくなに閉ざしているようだ。こんな時、ガリレオだったらきっとこう言ったはずだ。
「それでも日当たりは悪くない」
私には確信があった。もう少し詳しく説明すると、この土地は第一種住居地域というエリアにあり、住居系の用途地域としては規制が比較的緩い場所である。先方が規制いっぱいの設計をした場合、最悪のところ、二階部分まで終日ほとんど日影になっても我慢するしかない。
しかし、先方の大規模な建物の計画の場合は、駐車場の設置義務があり、どこかに広い空き地が必要なことと、高層マンションの建物の形を東西に長くしたい設計意図が働き、両方の規制をクリアするために、敷地の北側にまとまった空き地を確保したのだろう。このため私達の敷地への日影は、最小限にとどまっていた。
まさにこの時、地に落ちたどころか、地中深く突き刺さって、もがき苦しんでいた私の運が逆噴射し、再び上昇を始めた瞬間だった。こうして私達は「神の光」とも形容すべき、たっぷりの日照まで手に入れることになった。