法律が作り出す彫刻
いざ設計を始めようとする直前は、建築士として一番胸が踊る瞬間だ。映画館でブザーが鳴り、照明がだんだん暗くなっていく、あの時の興奮に似ている。ましてや、これが自邸の設計ともなれば、これまでにも増してワクワク感と緊張感が入り混じる。
本当に何の制約もなしに、自分の思うがままに設計をしてイイのですかい。信じがたい境遇に酔いしれる中、出来上がった建物に何の言い訳も出来ない恐怖感を伴う、この複雑な心境は、もちろん初体験であった。
胸の高鳴りを抑えつつ、まず敷地の測量図をじっと眺めてみる。この土地を購入するにあたり、おおよその建物のカタチは浮かんでいたが、ここはまず初心に戻って法的な諸条件を頼りにボリュームプランの作成に取り掛かる。この作業を通して、その敷地に建てられる最大限の立体を白い紙の上に描き出すことにする。もちろんこの段階では窓も無く、粘土の塊のようなものが敷地図の上に登場する。もし私が作家であれば、粋に「法律が造りだす彫刻」とでも表現したいところだ。
「住宅の設計なんてチョロいもの」
と言うと、世の住宅設計者から袋叩きにされそうだが、はっきり言って、ビルの設計のように、あの難解な建築基準法施工令や消防法などの諸法令と格闘するまでには至らないから、その点では気が楽という意味。少なくとも、長く高層ビルの設計に携わってきた私にはそうだ。その代わり、各市町村で更に細かい法規制が決められているので、気は抜けない。
礎の建築基準法は全国一律のものだから、気候風土や生活環境などによって、土地の利用方法が大きく異なる場所では、規制の内容に差が出るために、地域によって細則が設けられている。これらは、一般的に条例と呼ばれ、ちなみに東京都では「東京都建築安全条例」となる。