ひょっとして、名建築?
この廊下にも、思わぬドラマが潜んでいた。廊下の突き当たりに丸窓が取り付けてある。西の壁の天井に近い位置だ。設計段階では、単なる明り取りのつもりだったが、この直径五十センチほどの丸窓から午後三時を過ぎる頃、二階のオフィスと同じように西日が低く差込み始めるのだ。
この光は時間の経過と共に、廊下の壁をサーモンピンクに変えながら、生き物のように刻々と内部に侵入してくる。そして遂に十メートルを超える長い廊下のすべてを真紅に燃やし、やがてセピア色に終焉していく。この光景を初めて目にした時、その光の変化に魅せられ、私はその場をしばらく動くことができなかった。階下の仕事場で私の就労意欲をなくす、あの強烈で差すような西日と同じはずなのに。
世に名建築は多いが、その多くがこの光の魔術を取り込んでいる。巨匠コルビュジェのロンシャンの教会も、ルイスバラガンのヒラルディ邸も、カーンのキンベル美術館もそうだ。私が一時期傾倒していた白井晟一も、「光で壁を洗う」手法を多用している。
「まてよ、とすればこの私の自邸も、ひょっとすると名建築の域に達しているのではないだろうか」
自慢げな私を見て、妻が笑った。
「ただの偶然でしょ」