サイディングに軍配
私の自邸の場合、まず、屋根と同じく、大半の外壁は通りからはまったく見えてこない。道路に面した僅かな西面を除いて、周囲に建物が密集しているからだ。さらに、アパートを内包しているため、外壁の量は半端ではない。こうなると悲しいかな、屋根と同様にコスト面と将来のメンテナンスを最重要ポイントに上げなければならなかった。軒の出も少ないので、雨は容赦なく外壁を叩くことだろう。周囲には民家が建て込んでいるので、風の抜けも悪く、ジメジメして乾きが遅い場所もあるに違いない。
デザインよりも性能本位とコストで外壁材を選ぶとすれば、不本意ながら、左官材がやや不利で、あの味も素っ気も無い新建材の典型であるセメント系サイディングに軍配が上がってしまう。下地作りと仕上げが一回で済む為、その分、手間賃が節約される理屈だ。
「ああ、だんだん理想が遠のいていく」
意気消沈済みの私に向かって
「いいじゃないの、中身で勝負よ」
妻が以外に軽く言う。むしろコストが抑えられると聞いて喜んだ。素人は気楽だよね。
腹が決まったものの、さすがの私も建築家としての良心の呵責に耐え切れず、分厚いカタログの中から、何の装飾も無い一番シンプルで、しかも厚めのサイディングを探した。どうせ妥協の産物なのだが、中でも無印良品が欲しかった。しかも工場塗装品がいい。天候が一定しない現場での塗装より、工場で塗布処理されている既製品の方が性能が勝ると考えた。
サイディングの施工方法は、数年前からメーカーが指導する通気工法を採用した。建物本体とサイディングとの間に、2センチ程の隙間を作り、基礎から屋根に向かって空気の対流を促すことで、木造の欠点である湿気を少しでも取り去ろうとする意図がある。その効果は説明書に書いてある程では無いと疑っているものの、サッシの脇あたりから入り込んだ雨水が、内部の柱や梁に到達する前に、その空隙に沿って下に落ちてくれるのであれば、建物を長持ちさせる効果はありそうだ。
サイディングの長所は、工場生産品のため材質が一定していて、まあまあ丈夫なこと。壁全体が細かいパーツで分割されているため、温度変化などによる収縮が吸収されて、ヒビ割れが目立たないこと。弱点としては縦方向に走るジョイント部のシール剤の寿命が短く、定期的なメンテナンスが必要なこと。最大の欠点は、如何せん、どれをとっても何となく、不思議に安っぽい。
実際のところ、建築家の良心は、道路側のよく見える西面の外壁だけは、セメント系サイディングのままで終わらせなかった。敷地は奥に長く、西側の一面は、外壁全体の8分の1にも満たないので、将来の塗り直しのための足場代も捻出できると考えた。不燃の下地を左官仕事で作って、表面にペンキを塗り、5年に一度のペースで塗り直すことに腹を決めた。いきなりペンキとは極端な判断とも思えたが、これ!という最適な素材が見つからず、とっさの判断でそう決めてしまった。コストが一番安いこと。次にデザイン的にはそれ自体の存在感が強調されず、すっきり仕上がるシンプルさを狙う意図があった。
ペンキはほんの薄い皮膜で、いくら頼まれても他人の住宅の外壁には決して採用できない薄っぺらな表情ではあるが、比較的安価な材料だから、その分、こまめにメンテをすることを覚悟すれば、表面的には美しい顔が保てるのではないか、との安易な期待があった。
かの伊勢神宮が、「式年遷宮」といって、20年ごとに神殿を建て替えながら、いつも神聖な美しさを維持していることは知られている。恥ずかしながら、このことを、皇室にあやかって自分の結婚式を伊勢神宮で挙げた時に、私は初めて知った。以来、古人(いにしえびと)の偉大なコンセプトに驚嘆しながら、いつか真似てみたいと考えていた。そのスケールは比較にならないものの、今ようやく自邸でその真似事が出来るとは、なんと神聖なことだろう。5年に一度、いや最低10年に一度は塗り直す覚悟が出来た。