石膏ボードで囲まれた部屋
上棟から約一か月が過ぎ、外壁廻りの囲い工事が終わろうとしていた。
「先生、明日から内装の下地を始めますが、天井も壁も図面通りでいいんですかい。全部、石膏ボードですよ」
現場には大量の不燃石膏ボードが届いていた。平積みして地上から天井まで届きそうだ。階上に移動させるだけで3日はかかるだろう。
住宅の設計に限れば、つい最近まで内装制限なんかで悩んだことはなかった。内装制限とは、壁や天井に使う材料が、燃え難いように法的に規制されること。一般の皆さんには、こんなところまで法律が及ぶのかと驚かれるかもしれないが、実は、私の最も得意とするホテルの設計では、いつもこの規制との戦いだった。
規制の緩い外国のインテリアデザイナー達は、無頓着に材質を指定してくる。木もあれば紙もあれば布もある。彼らのデザイン意図を汲みながら、すべて不燃材に置き換え、しかも最終的には、より魅力的な空間に仕上げなければならない。ところが現実は厳しく、簡単には代用品は見つからない。ショールーム巡りが日課になって、いつもヘトヘトになった。私の髪の毛の密度が異常に薄くなったのもこの頃だった。
それに比べれば、住宅は超、楽チン。火気を使うキッチンの壁と天井だけを不燃材としておけばこと足りた。実際、建築確認申請の時点では、具体的な仕上げ材料が決まっていないことが多いので、図面に「不燃材」と書いておけば済んだ。まれに、指導課の担当が女性の場合には、几帳面な方が多いようで、
「ちゃんと材料名と不燃の認定番号を書いてください」
「ハイ、では、なんか適当に」
「適当では困ります(怒)」
「い、いや、それでは適当でなく、適切な書き込みをいたします」
賢者は長いものには巻かれ、女性には逆らわないことになっている。
平成の時代に入り、規制緩和の一環として木造の三階建てが認可され、様子が一変する。専門用語では準耐火建築物と呼ばれ、外部はおろか、家の内部の壁や天井まで不燃性の材料で被覆しなければならなくなった。三階からは避難にも時間がかかるので、万一の場合にも燃え難くするため措置なのだ。
この場合、もちろん、室内で木を面として現してはいけないので、あの美しいヒノキの柱や力強いケヤキの梁も使用できない。これでは木造で作る価値が半減するが、お上に正論は通用しない。要は、床を除いて、目に付く所は全て、不燃の石膏ボード(石膏を板状にして、両面に紙を貼った物)などで被い尽くした上で、その上にさらに不燃の化粧材を施すことになる。私の自邸も三階建てのため、この規制に該当していた。