凶器になった壁
ところでこのシッタという材料、思わぬ欠点が見つかった。暮らし始めて数ヶ月、最初の犠牲者は長男のケイスケだった。ワンパク盛りの6歳、無理も無いのだが、とにかく廊下を走り廻る(走れるほど長い廊下があるのは、少々自慢話に聞こえるかも知れないが、そこは借地ということで勘弁していただくことにして)。あげくは階段がカーペット仕上げになったのをいいことに、頭から直滑降。
さてこの元気印の長男、住み始めてまもなく
「ギャオー」
と悲鳴をあげた。二階の事務所にいた私が「何事か」と駆けつけた時、彼は肘を抱えて廊下でのたうち廻っていた。いつもの事ながら、全力疾走で走り抜けたケイスケは、勢い余って壁に激突したようだ。
その時、大理石を細かく砕いて樹脂で固めた左官材料は、スピードが加わった瞬間、なんと「紙やすり」と化していたのだった。肘から二の腕にかけて筋状のすり傷は見る見るうちに血が滲んで、ミミズ腫れとなっていく。
「バカヤロウ!神様の罰だぞ、廊下は走るなと何度も言ってあるだろう」
叱りつけながらも、心では
「すまん、設計したパパも悪かった」
一方、壁材のシッタの方はいつものように質感のある面が、左官の腕を誇示するように均一に広がり、痛手を負わせた痕跡すら全く見当たらなかった。
確かにこの材料、樹脂が混入されているためクラックは皆無だし、汚れもまったく付着しない。もちろん、妻の要望の、角も欠け難い。サインペンのキャップを力いっぱい擦り付けてみても、驚くことに壁ではなく、このキャップが無残に磨り減ってしまうほど固いのだ。ところが逆に、このハードな仕上げは、生身の人間にとっては凶器となる。
その後も何度となく彼の悲鳴を聞いた。さすがに3年も経つと、条件反射で、壁に接触しないで走り抜ける、摺り足の術を会得したようだったが。
しかし、なんと最近になって、今度は5歳の長女が同じ運命を辿ることになった。これには私も参った。私に似て色白のタカコは、近所の商店街でも評判のアイドル的存在(らしい)。その娘を傷つけるとは・・・。我慢にも限度がある。遂にメーカーの所長に抗議の電話をかけてしまった。当惑気味の所長、長い付き合いでもあるのだが、申し訳なさげに
「粒子の細かいSタイプもありますので」
と、後日その見本を届けに来た。なるほど凶器としての粗さは改善されているものの、少し離れて観察すると、表情に深みが欠けている。やはり、世の中完璧なものなどないのかもしれない。万物、長所もあれば短所もあるものだ。
竣工後、私の自邸をご覧になった多くのクライアントの皆さんの希望で、このシッタを内壁に採用することも少なくない。しかし、小さなお子さんが居る施主さんには、、
「くれぐれも、ホントに、よろしいのですね。傷だらけの天使」になりますよ」
「いいですか。本当にファイナルアンサー?」
と必ず二回は念を押すことにしている。