木工職人、戸澤さんとの出会い
これに加え、決定的に私を木の世界に目覚めさせてくれたのは、現在も我が国の木工の重鎮であるヒノキ工芸の戸澤代表との出会いである。不幸にも建築の世界で師を持てなかった私だが、この人に限ってはそれに近い存在と言ってよい。
ホテルの内装の仕事が最初の出会いで、初対面の印象は、「なにせ大きな目がキラキラ輝いている人」だった。縁あって私の設計した家具の製作を担当してもらったのだが、驚いたのはその出来栄えだった。
設計者の立場から言わせてもらえば、建築でも家具でも概ね自分が想像したものより良くは仕上がらない。ところがである。氏が製作した家具は、設計者の意図をはるかに超えて色気さえ漂っているのだ。その後も、機会ある度に戸澤さんに家具を依頼することになるのだが、そのいずれもが感動に値するものだった。「こんな職人、ちょっといない」と今でも確信している。
では、具体的に一般の家具とどこが違ったのか。思い出してみるに、確かに曲面の仕事や塗装も見事だったが、何より自然の木目が生きていた。関係者に聞くと、家具に使用するための木の単板(表面に貼る厚さ1ミリほどの薄い板、ツキ板とも言う)のストックは国内でも屈指の質と量らしい。つまり第一級の素材を見る目を持ち、それを見事に生かしきっているのだ。人間いくら意気込んでも、自然の造形美にはかなわない。
ところで、彼の仕事を何回も眺めているうちに、私の図面とはところどころ違っていることに気付いた。最初は「実にけしからん」と正直思ったものの、口に出せないでいた。いつも「気に入らなければ、持って帰ります」と言わんばかりの気骨な雰囲気が漂っていたからだ。
「設計図どおり作るだけなら至極簡単。設計者の意図を汲んだ上で自分の職人としての知恵を作品に投入する。その結果多少図面と異なっていても理解してくれる人と仕事をしたい」
そんな無言の気概が溢れていた。うーむ、これぞ本物。この人と仕事の話をしていると自然に木のことに詳しくなった。机上の議論ではなく、木の粉が舞う工場の中で、実物に触れながらの会話である。建築と違い、家具の場合、使用される木の種類も多種多様。産地は世界各地になる。世の中には何と美しい木肌を持つものが多いのかと驚かされた。いくら樹木に恵まれた日本でも、やはり世界は広い。そして木は生き物。よくよく眺めているとその木肌や木目の形が少しずつ変わっていることに気付く。
いつだったか
「この面白い木目、イイですね」
私の言葉に、彼の目がいっそう輝いたことがある。
「建築家の先生たちは、ほとんど均一で欠点のない材料を選ぶ。こんな個性的なものを認める可児さんとはいい仕事ができそうだ」
思えばあの時から本当の信頼関係が築けたのかも知れない。
もちろん、今でもこの関係は続いている。私は設計を依頼された住宅では、何とか一品でもいいから、予算の許す限り氏の作品を採用するように心がけている。ホテルやビルともなれば、設計の構想段階から戸澤さんの登場となる。結果は言うに及ばない。