浴室に潜む危険の数々
床は実験的にコルクタイルとした。このいきさつは以前、床の項で書いたが、これは確かに大正解だった。滑らず冷たくないので、家族にもすこぶる好評である。引っ越した当時、長男のケイスケが浴槽の中でふざけて、何回も洗い場の床に頭から転げ落ちた。その度に
「ああ、コルクで良かった」
と安堵した。勧めてくれた千代田コルクの社長に感謝したものだった。
長男のケイスケといえば、もうひとつ冷や汗をかいた事がある。ホテルらしさを狙って、浴室のドアを枠の無い一枚の強化ガラスとした。このドアは専用のガラス丁番を使用する。実はこれを開いた時、吊元の側に僅かな隙間ができる。出入り口の反対側だから気にもしなかったが、何と面白がって、わざとここに手を突っ込むのだ。そのままドアが閉まれば、テコの原理で指が折れる程の力で圧迫される。
想像したら背筋が凍った。慌てて隙間をふさぐ部品を捜し求めたら、ちゃんと東急ハンズに売っていた。黒いブチルゴムがくっついたビニール製のジャバラで、デザイン的には台無しになったが、ムスコの指が無くなることを考えれば神からの贈り物だった。
住宅では、床の段差は重要な課題。自邸では、極力と言うか、まったく段差を無くす設計としたが、水が流れる浴室と脱衣室との差をどれだけ確保するかは迷った。ホテルでは、バリアフリーの考え方が浸透し、ここもほとんど段差をつけないことが多い。ヨーロッパを旅して分かるが、西欧ではバスタブの外で体を洗う習慣が無いようで、ましてホテルでは床にザアザアお湯を流したりすることは無く、したがって、出入り口の扉の下にも段差がまったく無いのが当たり前。
しかしここは日本、しかも我が家には野蛮なケイスケがいる。満杯の浴槽にわざと頭から飛び込むことは目に見えていた。一度に大量のお湯が洗い場の床に広がるに違いない。脱衣室との間に段差が無いと大変なことになる。10センチも確保すれば安心なのだが、それでは床の段差を無くすコンセプトが崩れる。
敢えて断言すると
「建築家はコンセプトにこだわり続ける人種なのだ」
何とアホな人種と我ながら苦笑もするが、ここで安易な妥協もしたくない。かと言って、微妙な段差はつまずきの原因になる。悩んだ結果、段差を20ミリとした。これは、今までの経験から、万一お湯があふれて浴室の床に広がっても、脱衣室まで到達しないギリギリの限界値だった。