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食器庫から超高層ビルまでこなす建築家

流し台の高さは、現代人の平均身長の伸びにつれて、どのメーカーとも以前より高くなってきている。最近の標準は85センチのところが多い。我が家では、背筋が伸びるように思いきって90センチにしようかと迷ったが、妻の身長は女性としては平均的。「高すぎて肩が凝るわ。ああ、しんど」
なんて言われて、毎日料理を手伝うハメになっては大変。無難なところで標準の高さに決めた。妻の意見によれば、あと数センチ高くてもよかったらしい。しかし、この数センチを調整できないのが市販品の不自由なところだ。

ほぼ8帖間の広さのキッチンスペースにL字型にキッチンセットを組んで、残った壁面に収納庫を並べると、物理的に真中にポカンと空きスペースが出来てしまった。そこでここに、四角の配膳台テーブルを置くことにした。廻りをぐるりと空けて適当な通路を確保し、真ん中の残った面積いっぱいの配膳台が理想的だが、何でも特注となれば割高になるのは世の常。出来ることなら既製品を上手く活用したいところだが、そんなものが市販品にあるはずもない。価格を心配しながら、仕方なく家具屋に発注することにした。

 
「とにかく収納場所をいっぱいお願いよ」
妻の要望に屈服して、大目に予算を割いたため、棚板のいっぱいある壁面収納は十分確保できている。残るはスプーンなどの細かいものの収納が欲しいという。そこで、この配膳台と呼ぶ特注家具の中に、浅い引き出しを可能な限り大量に取り込むことにした。家具の図面を描くのも久しぶりだったが、こればかりは勘で書くわけにもいかない。慣れない手つきで調理器具の寸法を測りつつ、メモしていく。そんな姿が自分でも滑稽に思えてきた。ついこの間まで超高層ホテルの仕事に従事し、屋上のヘリポートまで設計していたというのに。

「アラ、幅広く活躍できていいじゃない。そんな器用な設計士、なかなか居ないわよ」
あまり嬉しい評価ではなかったが、まあ、建築士の誰もが経験できることでもないと考え、図面化していった。キッチンの全容が見えてきた妻は、嬉しくて、嬉しくて、最近は何事にも寛容に見える。今なら、小使いのベースアップも夢じゃないかもな。

「ところで、配膳台の天板は何にすんの」
「そんなもの自分で決めたら。建築家のする仕事じゃないし」
そう答えると途端に機嫌が悪くなる。細かい事でも、いくつか案を出させておいて、最後は自分で決めたいらしい。ここは家庭円満が一番。建築家の仕事ではないが、付き合うことにした。

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