宇津井健さんの衣裳部屋
ウォークインクローゼット、いつからこの言葉が市民権を得たのだろう。要は衣裳部屋の小規模なものなのだが、少々洒落た言葉の響きからか、最近新築を考えている奥様方は必ず要望の中に入れてくる。衣裳部屋で思い出すのは、ある時、縁があって、妻と二人で俳優の宇津井健さんのご自宅に伺った時のこと。
成城の一等地に立つハイカラな御殿がそれ。その昔、一世を風靡した「葡萄屋」という名の洒落たレストランが地下階にあった。当時、学生で、長髪にベルボトム(ジーンズの一種だが、マニヤックな我々は敢えてこう呼んだ)姿の私達には禁断の聖地だったが、未来的な外観に興味を惹かれて、夜更けに忍んで見物に行ったことがある。
今度は忍びの者ではないので、正々堂々と玄関ドアの前に立ったが、いきなり驚かされた。どうしたことか玄関ホールが無いのである。
「エッ、ウソー、御殿なのに」
外からドアを開けるとすぐに階段。とにかく、靴を脱いで階段を上ったら、直接広い居間と食堂に出た。当時としては外観もユニークだが、間取りも外国映画そのものだった。その居間の延長に、とてつもなく広い衣裳部屋が続いている。整然と並んだ洋服類に加え、床にはエルメスの鞍がいくつも置いてあった。
「カッチョ ヨサー」
と妻のケイコが耳元でささやいた。
部屋の片隅には使いこんだトレーニングマシンの数々。まあ、それが仕事だもんね。
ジーンズにTシャツ姿の健さん。胸は厚く白髪混じりでもフサフサ(私の超憧れ)。もちろんお腹は出ていない。テレビで見るよりずっと小顔の健さんが直接この私に語りかける。
「カニさん、乗馬は楽しいよ、一緒にやろうよ?」
「はぁー、あのー、そのー、でも仕事が・・・。いつか、ハイ、ヨロシク」
こんなことってあるんだ。まあ、ここまでくると男として勝負になるはずも無く、額に汗して、ただただ笑うしかなかった。