ARTICLE

久々にカーペット案で意見が一致

素足で歩く習慣のあるわが国では、足の裏の汗を素早く乾燥させられる清潔感と掃除のしやすさからも、階段の材料としては、木の右に出るものはないように思われる。しかし、わが自邸では木の階段を捨てて、近年嫌われ者のカーペット敷きを採用したのだった。二層分の階段板を無垢材で指定すれば予算オーバーは必至。そこで定石崩しで有名な米永棋聖の心境でもって、以外に価格がリーズナブルなカーペット敷きの長所を優先したのだった。

カーペットの長所は、足音が響きにくいこと。厚めの合板でとりあえず階段を作り、フェルトと呼ばれるクッション材を貼った上に、やや厚手のループカーペットを敷き詰めることにした。こうすれば同じ木造の建物の中で、界壁を隔てたアパートにも足音が響きにくい。階段であれば個室のように暖を取ることもないので、心配されるダニの発生も極めて少ないと思われた。サンプル帳を調べると、最近のカーペットには抗菌処理済みのマークがいっぱい付いていて、「どれも清潔で安心」とメーカー側の必死のメッセージが見て取れる。

「ホテルのような家づくり」のコンセプトを思い出し、ホテルに欠かせないカーペットをどこかに採用してみたいとの気持ちは以前からあったが、決め手は、竣工時にちょうど小学校に入学する暴れん坊の長男ケイスケの存在だった。最近でこそウルトラマンタロウの真似はしなくなったが、階段で数段ごとのジャンプを繰り返す無謀な習性はまだ残ったままだ。ワンパクで、人一倍イタズラ好きの素養が見受けられる以上、それなりに親としての配慮が必要だった。
「ここはひとつ息子の安全を最優先しよう」
久々に夫婦で意見が一致した。

案の定、引っ越したその日から、ケイスケはスーパーマンの格好で、頭から逆さに階段を滑降しながら落ちていく。緩めの勾配が適度な速度を与え、途中の踊り場の存在が辛うじて暴走を止めている。彼にとっては格好の遊び場となったようだ。階段が板になっていれば、一度で懲りたに違いないが。

ところで、そもそも建築家の職業は、私のような温厚で誠実な性格でないと務まらないようだ。施主の横暴な要求にも笑顔で耐えて、辛抱強く説得を繰り返しながら理想案に導かなくてはならないからだ。しかし、そこは人の子。説得がままならず仕事でストレスが溜まることも少なくない。

ある日、私は珍しく怒鳴っていた。相手は長男のケイスケ。イタズラの度を越した行動と口答えに、父は珍しくキレた。子供のお仕置きとしては、寒い外に出すのが効果的。しかし、三階の子供部屋から外に連れ出すには、首根っこを掴んで階段を二層分降りなくてはならない。

「グズグズするな、早く外に出なさい」
こちらも多少なりとも冷静さを失っていたので、当然ケイスケとは歩調が合わ
ず、彼は階段を踏み外しながら玄関に向かって転げ落ちていった。緩い階段と
分かっていても、回転を繰り返す息子を見ながら、
「しまった。これはやばい」
一瞬、後悔の念が走り、冷や汗が吹き出してきた。
「あなた、いい加減にしてよね。階段がカーペット敷きでよかったものの」

叱っているはずの父親は、妻から真顔でお叱りを受ける始末。確かに、これがもし堅木の階段だったら、かなりヤバかったと反省しきり。カーペットのおかげで、骨折こそなかったものの、シッタと呼ばれるヤスリのような左官の壁で擦り傷が生じ、肘やひざから血がにじんでいるケイスケを見やりながら自責の念で眠れない夜を迎えたのだった。

しかし、敵もさる者。同様な事件がその後も頻繁に訪れた。そして、その度に彼は身のこなしを軽くし、三段跳びの術に磨きをかけていく。子育ての苦労を考えれば、少しばかり傲慢な施主とのお付き合いは楽なもの。最近になって悟る中途半端な建築士なのであった。

関連記事一覧

単行本

建築家が自邸を建てた その歓喜と反省の物語

Amazon&大手書店で好評発売中!

Amazonで買う

最新記事