紅葉を期待して植えたモミジなのに
玄関ドアを押し開けると、正面に床から天井までの大きな窓がある。もちろん二重ガラスで簡単には侵入できない。ここは真南の方角なので、直射日光も燦燦と差し込んでくる。玄関までのアプローチが薄暗いため、昼間はいつもドアを開けた瞬間に目が眩む。これにはさすがに参った。
家は明るければ良いというものでもなかった。思案の末、和風好みの妻の意見で、上半分に御簾を垂らして光の量を加減する事になった。建築家の自邸である。玄関だけでも品を醸し出さなくてはならない。
さらに、この窓の向こうには日除けも兼ねて山モミジを植えることにした。
確か植木屋からは
「紅葉が見事ですよ」
と言われ購入したが、昨年は中途半端な黄色で散っていった。後日、植木屋に諭された。
「北風が当たらず温暖な環境では、晩秋になっても赤くはならない」
と。
「人間も同じよ」
と付け加えられたが、植木屋のオヤジさんに言われてもなあ。
建物全体の出入り口部分には、表道路に面して、大きめの樹木を植える事は、せめてもの社会貢献と考えている。これまでに設計した建物の多くにも、努めて植木を心がけてきた。都心の住宅の場合、こうした玄関脇の一本の樹すら植える空き地が得られない場合が多い。もしあったとしても、掘ってみると配管などが密集して容易に植えられないことがほとんどだ。そんな経験から、植木を想定して、最初から配管の位置を工夫する事にしているが、このあたりが施工まで担当する経験豊富な建築士の為せる技と自負している。
移植は根が活動していない頃が良いとの庭師の助言で、実際には自邸が竣工近くなった2月頃に植え込んでもらった。杉並区の住宅街の中にある生産緑地(売却したら軽く十億円を超えるだろう)を歩き廻り、枝振りの良いものを選んだら、やっぱりモミジだった。
こちらは春の芽吹きの頃から既に葉が赤く、真夏に一度緑に変わり、また秋に赤く染まる面白い品種で、白い外壁に映えていることから近所でも評判が良い。生産地で直接購入する植木は以外に安く、これで商売になるのかと気になったりもするが、いざとなれば十億円以上の資産があるのだから私が心配することもないかな。
ともあれ、母親の意見で、足元には柊の木を添えた。魔よけの効果があるらしい。そういえば、生まれ育った田舎の藁葺き屋根の家の玄関にも、毎年節分の頃、イワシを串刺しにした柊の枝が掛けてあったような記憶がある。